マリオRPGのサントラから広がる思い出

こんなブログを読みに来てくれる人のうち、このCMを覚えている人がどれだけいるのか少し興味深い…
「スーパーファミコンが4000円安くなるクーポン券つき!」とか懐かしすぎて泣きそうになりません?カービィスパデラとか、ドンキー2(リンクはどちらもそのゲームについて僕がなんか色々書いたもの)とかにもついてましたよねえ。

あと全然関係ないけど、このCM曲すごい変拍子ですねw
歌詞入るところから、

3/4,5/4,5/4(10/8),3/4(6/8),3/4,5/4,4/4,4/4

って感じであってるかな。(超どうでもいい

このゲームの音楽を生演奏で久しぶりに聴く機会があり、色々こみ上げてくるものがあったので記事にしてみる。
僕と同じようにこのゲームを好きな人が「ああ、そうそう!そうなんだよね~」となるようなものを目指す。なれるかは別として。

任天堂のゲームとは趣を異にする独特の空気感

開発はスクウェア、発売は任天堂ということになっているが、実際には共同開発だといわれている。色々な意味で歴史的作品になったわけだけど、僕としてはやっぱり、それは単純にマリオにRPG要素がついたからだけではないと思っている。
上のCMでもそうだけど、マリオから入る人、RPGから入る人の両方に間口を広げている。当時CMを見て「ゲームを買おう」となる人にマリオ未プレイ者はいなかっただろうけど、RPGをやったことない人はいたかもしれない。いや、勝手な推測ですゴメンナサイ。

そこで出会うこのゲームが与える印象はどんなものだろう。
アクション要素高く動き回るマリオは、なんとなく人間性が欠けているような部分も持ちながら(笑)、お決まりの「主人公はしゃべらないスタイル」によってプレイヤーからの感情移入に成功していると思う。あれ、しゃべらないスタイルはENIXでは…?と思ったけどさすがにマリオしゃべらす訳にはいかないかw
マリオが誰かの話を聞いているときの後ろ姿とか、あのなんともいえないぼけーっと聞いている雰囲気づくりは本当にすごい好き。

マリオの家とマリオ

キャラクターの描き出しは「3DCG風の2Dグラフィック」らしいんだけれど、これがまたさらにそれに拍車をかけていると思っている。
視点はちょっと遠くて、ひとりひとりはそんなに大きく絵の中にいるわけじゃないのに、ドットが精細だから表情も豊かだし、「あくまでも所詮ただのゲームをやっているんだ」という認識にはなりにくい。でも、例えば胴体のグラフィックに普段から変化があるかというとそうではないから、固定の2D絵がすーっと動いているだけにも見える。

なんというか、このリアルと反リアルの共存がみたいのが独特の雰囲気を作り出していると感じる。マリオのあのなんとも言えない顔も含めてw
そうすると、いつしか「マリオがいる明らかに仮想の世界のゲームをやっているのは分かっているけど、気付くとジャンプだけの返事とかに妙に自分の感情がシンクロしている」みたいな、相反するもの同士の同居が起きている。

平面の世界の中にあるリアルさ

マップって言えばいいのかな?マリオ達が歩くこのフィールドの特徴も雰囲気作りに一役買っていると思う。

多数の例外があるのは分かっている上で、一般的に昔のゲームは「目に見える全てを表現しない代わりに、そこに想像の余地が生まれる」点においていわゆる「ゲーム」としての絶大な面白さが隠れていると思っている。簡単に言えば、超リアルなオープンワールドのゲームでは写っている世界しか見えないから、100人が見たら100人とも見える風景は一緒なわけである。新しい作品の批判ではないことを前提に、この「ゲームでしか表せない『表現しない』という表現」がとっても魅力的であることを僕は伝えたい。

僕はそもそも「ゲーム」っていう言葉のジャンル、定義はそういうものだと今でも思っている。分けるなら、最近のものは「テレビゲーム」というニュアンスかなあ。

閑話休題。
マリオRPGでは、マップの後ろの画面?背景?はどうなっているか覚えているだろうか。
そう、現在いるマップに応じてただ1色が塗られているだけである。だいたい黒か青。でも、いわゆる箱庭感というか、そこだけしかその世界は存在しないようなイメージは、少なくとも僕は感じない。キノコ城だって、姫が攫われすぎていつも不在だけど仮にも城である。その城下町があんなんだけしかないわけはない!(と思いたい)
本当はもっと広がっているんだけれど、しょうがないからこれしか見せていないんだ、みたいな感じが大好きだ。もし中途半端にあれもこれもと作り込むと、「これで全部か、しょぼい城下町だ」とさらに”あんなん”呼ばわりされるに違いない。

キノコ城下町の隠し宝箱

あと単純に、隠し通路みたいなマップに存在しない場所ってわくわくしません?
ただの黒塗りの背景をマリオが歩いて行ったときみたいなあの高揚感は僕が思う「ゲーム」でしか味わえないと思っている。裏口から入ってケーキを作っているのを邪魔するのも、見えている裏口から入るのでは何にもおもしろくないだろう。

武器世界を思い出して欲しい(そういえばこの曲も変拍子・複合拍子だ!まさかCMソングも作曲は彼女だったりするのだろうか…)。
今まで真っ黒だった背景がいきなりその様相を変える。ラストダンジョンの演出的には、僕からするとかなりアツい。笑
でもマリオだけは異様に浮いているあの矛盾したような構図がやっぱり魅力的だなあ。

これらの「存在しないはずのもののリアルに描かないリアルさ」とでもいうべk(なにを言いたいか自分でも分からなくなってきたので省略

テキストだけじゃない、キャラクターたちの思いが伝わる色んな要素

色んな意味で歴史的って最初に言ったけど、やっぱりマリオにストーリーをつけたというのは大きいだろう。だってストーリーがあるということは、誰が何を考えているかがプレイヤーにある程度伝わり続けている必要があるから。もちろんそうじゃない「考察楽しんでよゲーム」もあるが、それは置いておいてくれ。

そうするとやっぱりセリフが必要になってくるし、セリフが生まれるということはキャラクターの人間が生まれるということになってくる。その後に続いているペーパーマリオシリーズとマリオ&ルイージRPGシリーズなんかをはじめ、ピーチとクッパの性格みたいなものはここが発現点じゃなかろうか。マリオがしゃべっていなくて本当によかったというのは僕も思っている。笑

クッパ
家が無いなんて言えない(サンホラ感

テキストが持つ影響力というのは、二番手以降だと考える。なにかというと、テキストの他に気持ちを伝える要素がある場合、そちらがベースとなった上でテキストはその補足になるものだと僕は思っている。イメージ的には、正負混ざったかけ算みたいな感じ。かけられる数(テキスト)が固定でも、かける数(内包する感情)の符号が違えば、結果はまったく変わってしまうみたいな。

マリオRPGでは、ユニークな効果音と動き豊かなキャラクターグラフィックがそのかける数を担っている。
もうこれだけでアニメや映画を見ているような気にさえしてくれるからゲームはすごいなあといつも感動する。あんまり良いことを言えないんだけれど、単純に楽しい。笑
これで十分かと思うと文章書く気もなくなってくるから気をつけよう。(でも先へ行く

思い出は音楽と共に

ある五感から記憶がフラッシュバックすることを「プルースト効果」っていうんだけど、その中でも強いのが嗅覚と聴覚(匂い限定という話もきくけど真偽は知らない)。はやい話が香りと音楽。

僕のゲームの思い出の95%くらいは音楽で出来上がっている。というのも、この話からすると思い出として強く感じているのが音楽であって、そこにゲームが紐付けられているだけなのかもしれない。
そしてマリオRPGも例外じゃない。どころか、これに関しては自分の脳の錯覚を抜きにしたとしても、ゲームと音楽の素晴らしい融合として記憶に残っていると信じている。

下村陽子さんがこのゲームを担当しなかったらここまで人の記憶に”切なく”残るゲームにはならなかったと思う。これは曲の良さとか作曲のスキルだとかそんなつまらない話ではなくて(もちろんそれも最高峰だと思っているけれど)、さっきのかけ算の話の上位互換みたいな話をしたいのだ。

たとえばこの作品をイトケンさんが担当していたら?桜庭統さんが担当していたら?
間違いなく名作になっているだろうが、ストーリーは同じでも”切なく”記憶に残っていることはないと思うw

要はそういうこと。リアルと反リアルが云々とか、マリオの世界観とかストーリーどうのこうのっていうのにかけ(掛け)られた要素が下村さんだったから生まれたのが、今僕も含むみんなの記憶にあるマリオRPGなんだと思う。

おそらく15週はプレイして(データ消えた回数ならたぶん倍はある)、カジオーをLv.15で倒してクリスタラーとジャッキーをたしかLv.17ほどで倒せるくらいになった僕からすると、曲を聞けばシーンが浮かんできてSEも脳内再生されるなんてのは当然だ。もちろん逆も然り。ここにゲームと音楽の密接な関係、ゲーム音楽の良さがある。

ゲームは総合芸術であるっていうのが僕の持論なんだけれど、こと音楽においては最も存在が大きくてスペシャルだと思っている。かける数としての影響力がずば抜けていると思うのだ。これは、音楽にさして興味がない、ゲームをしててもBGMに特に興味も湧かないという人にも、無意識下でそのゲームの評価を上げてしまうくらいには強い影響力なんじゃないかな。

下村さんが作るマリオワールド

マリオRPGにおいて、自分の思い出に強く訴えてくる曲は何かなと思うと、いっぱいありすぎて例をあげるのが大変になる。どれもこれもみなさんに素敵な記憶があるのではないだろうか。

中でも僕が特に切なく懐かしい気持ちになるのは、ハナちゃんの森(森のキノコにご用心)とか、川下り(ワイン川を行こう)とか、トイドーと人形で遊ぶとこ(ねぇねぇジーノごっこしようよ)とか、マシュマロの国(フカフカしましょ!)などなど…。

ジーノごっこのところなんか、当時その曲が大好きすぎて祖父にもらったICレコーダーみたいのをテレビに近づけて録音していたくらいだった。でも間違ってデータを消しちゃって、どうしても聞きたいけどどうやら本編ではそこでしか聞けないと分かるとそのためだけにまた最初からやったりして…。懐かしいなあ。

 トイドーとジーノごっこ

そのジーノごっこもそうだけれど、マリオの曲を下村さんがアレンジしたトラックも非常に多いのが本作の特徴だ。OPもそうだし、マリオの家なんかモロそれ。土管系とかもそうだね。

これがまた素晴らしい。近藤浩治さんではなく下村さんをチョイスした上で、マリオ曲のアレンジも残したのは偉大だ。たしかにマリオのゲームなのに、広がっているのは確実に下村ワールドである。

特筆したいのは、マリオ曲だけが浮いていないこと。つまり、既存の曲、それも超有名曲を自分のオリジナルと混ぜて一本サントラを作っているのに、確実に全てが彼女が作る世界観に仕上がっている点だ。これはもうほんとにすごい。「マリオRPG!」と聞いてパッと持つ印象がはっきりとマリオではない(僕はそうなんだけれどみなさんはどうだろうか)独特な空気感はここでも生まれていると思う。

森のキノコにご用心、この曲も素晴らしい。一見すると楽しい雰囲気の曲調なんだけど、数秒もすると妙に哀愁漂う陰鬱な森を描き始めて、いや、でもやっぱり前を向いて明るく行こう!という見事な進行を感じさせる。
曲が素晴らしいからハナちゃんの10連ジャンプとか飽きずにずっとやれたんだよなーと心から思う。

僕のお気に入りセルフアレンジがあるから、知らない方はぜひぜひ聴いて欲しい。

2014年の3月26日というかなり最近に発売されたアルバムだ。ちなみに僕は、発売前に公式サイトへ行ってキングダムハーツのシオン戦の曲が流れた瞬間にAmazonへ行って予約したw

下村さんの音楽が好きな人にはかなりおすすめ。収録されている楽曲は、マリオRPG、キングダムハーツ、ライブアライブ、聖剣伝説レジェマナなどなど。

最後の最後で情緒に訴えてくるエンディング

このゲーム極めつきの”切なさ”は最後に流れるエンディングで最高潮に達する。

初めて見たときは、星の窓から見るこの世界の住人のアフターストーリーに心から感動したものだった。ああ、僕がカジオーを倒したから今みんながこうしているんだな、と実感するのだ。本当に星の窓から見る夢であった。

ストーリー的にも重要な意味を持つジーノとのお別れに始まり、そのままエンディングへと向かう一連の流れは何度見ても・聴いても素晴らしいの一言。星をテーマにした作品であるからもともと情緒溢れる空気に包まれているのに、そこに下村さんが追い打ちをかけるんだよなあ。

これに関しては、子供ながらになんとエンディング丸ごとLINE録音して、それをMDに焼いて聴いていた。トイドーを上回る努力。でもなぜか左チャンネルしか録音されていなくて(笑)、イヤホンで聴くのが嫌だからいつしか聞かなくなってしまった。だからある程度の年齢になって、ゲーム音楽熱が再燃したときに聴いた久しぶりのエンディングは凄まじく感動した。

こちらも一曲紹介したい。たぶん知っている人はいないと思う、このアレンジを。プロでも何でも無いアマチュアというか、ただのファン(爆)による作品なんだけどとっても美しい。シークバー1:31:39から。

あと、僕もこんなものを自分で作ってみた。よかったら聴いてくださいな。むしろこっちを聴いてほs(ry
自分で言うのもなんだれど、簡単にできた割にすごくきれいになった。

おわりに

思っていることを文字にすることの難しさを感じながらも、簡単には表現できないからこその良さがあるんだなあと言い訳を考えつつ、おわりにしたいと思います。

なんとなく流し読みしていただいた方も、貼った動画の音楽だけは保証しますから、ぜひ聴いてくださいね!感動は共有したいのです。
それでは。

 

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